唐巣の苦悩


　唐巣は悩んでいた。
　金銭面か？　――いや、悩むほどには困っていない。
　人間関係か？　――いや、それもない。彼は人望厚き人故、それは絶対にない。
　霊能面か？　――公彦の依頼には苦戦しているが、そこまで悩むほどでもない。

　では―…何が彼を極端に悩ませているのだろうか…


「ふーっ、さっぱりした！」
　そう言いながら、リビングで頭を抱えていた唐巣の前に現れたのは、弟子であり居候である美神美智恵である。
　唐巣は、反応を返すべく顔を上げ――

「…な、何なんだ、その格好は…」
　そう言ったきり、黙り込んでしまった。
　美智恵は風呂上がりらしく、わしゃわしゃと乱雑にタオルで髪の毛を拭っている――これは別に問題ない。
「何って…バスタオル？」
　…バスタオルを手にしているならまだしも、バスタオルしか身に着けていないのが問題なのであった。
　美智恵のふくよかな肢体が、バスタオルによって余計に強調されている。ふともものあたりでひらひらとはためいている布切れが、唐巣の理性をあおっていく。
　唐巣は、それを振り払うように叫んだ。

「…いい加減にしないか！　私を挑発するような格好ばかりして！」
「それに毎回引っかかってるのは神父のほうじゃない」
　…確かに、色仕掛けで神父を落としたのは美智恵だが。引っ掛けるほうも引っ掛けるほうである。
「ぐ…だがね！　ここは私の家だ、少しぐらいは格好を慎みたまえ！」
　図星を言い当てられてぐらりと揺らぎつつも、ぴしり、と言い放つ唐巣。
　その台詞に、美智恵の目に涙が浮かんだ。
「…私のことが嫌いなら、追い出せばいいじゃない…！　…少しぐらい、いいでしょ…！」
　震える語尾。潤んだ瞳で、心からの思いを吐き出され、唐巣は目線を下げた。
「…きつく言い過ぎたな、すまなかった。君の事は嫌いじゃない…追い出すつもりもない…だから…」
　台詞を続けようとする唐巣だったが、途中で台詞が止まってしまった。

「ホント！？」
　…という美智恵の台詞に先をふさがれたのと、彼女の体が密着しているためである。バスタオルという一枚布に包まれた美智恵の体の感触が、ダイレクトに唐巣に届く。唐巣はその柔らかさについ溺れそうになるが、それを理性で何とか押しとどめる。
「ああ、本当だ…だから…」
　自分から離れてくれ、と諭すつもりだったのだが。
「良かった、嬉しい！　ありがと、神父」
「…！！　こ、こら…！」
　美智恵が唐巣に抱きついたため、またあわてる羽目に陥った。美智恵の胸が唐巣の腕に押し付けられ、その反動ではらりとバスタオルが落ちる。落ちたバスタオルを拾おうと美智恵が屈みこむが。
「あら、やだ…って、え？　し、神父…？」
　…美智恵がその布を掴むよりも早く、唐巣がそれを手にしていた。あまりの速さに、美智恵が驚きの声を上げる。
　そして、そのバスタオルをもう一度体に巻きつけようと手を伸ばすが。

　ひょい。
　唐巣の手が上に掲げられ、惜しくも届かない位置にいってしまった。
「ちょっと、神父…バスタオル…」
　美智恵が困惑したように声を上げ、胸を隠す。
「…君という人は…」
　唐巣の頭の中で、何かがぷちん、と切れる音がした。
　とうとう理性の糸が途切れたらしい。声も普段より低くなっている。
　美智恵が恐る恐る顔を上げると。
「お仕置きが必要だね…？」
　そこには、黒い笑みを浮かべた唐巣の笑みがあった。

(し…しまったーッ！？　ちょっと引っ掛けるだけだったのに――！？)
　冷や汗を大量に流しながら、心の中で叫んでみたり。
「…し、神父…？」
　…唐巣に尋ねかえしてみたり、するのだが。
「何だね、美智恵君」
　見事なまでに黒い笑みに、美智恵、撃沈…はまだしなかった。
　勇気を振り絞って、
「ちょっと、それは遠慮したいなー、なんて…」
　…とのたまいながら、あとずさっていく。…勇気を出しての行動がこれでは、もう救いようもないのだが。
　一歩ずつ、ゆっくりと後ろへ歩みを進め――…
「きゃあっ！？」
　ちょうど後ろにあったソファに引っかかって、倒れこんでしまった。

「…何だ、やる気はあるんじゃないか…それでは、お望みどおりお仕置きしてあげるよ…」
　そう言うなり、美智恵の体に飛び掛る唐巣。
(…神父も、何だかんだ言いつつ溜まってたのね…まあ、いいんだけど…)
　心の中ではそう呟きつつも。
「いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、食べられちゃう――ッ！」
　自ら唐巣に体を開いていく美智恵であった。


　　少しお待ちください……


　事後。
　横ですうすうと眠っている美知恵―勿論、裸である―を見、
(おお、神よ…！　我々の過ちを赦したまえ……！！)
　神に祈りをささげている唐巣がいたとかいなかったとか。

　彼はまだ気付いていない。彼の悩みの原因がすぐ隣にあることを…そして、気付くのは、もう少し後になってからであった。


終われ


…いきなり飛んできた電波にしたがって書いてみました、壊れ神父。
壊れ方が足りないような気もせんでもないですが、慣れない作品を書いたということでお許しを。
ではでは。