古森小萌

高校教師、一年担任。

年齢二十数才、見た目小学四年生。
現在ピンチ。



建築途中と思われる現場。
おそらく今日の作業は終わったのだろう、人の姿はない。

元もと公園と祠のあった場所で、
端の方に岩がある。
近くに機材と、作業車が置いてあるということは、明日にでも、
掘り起こして、取り除くのだろう。

が、その岩の隙間に、
白くて丸い物が、ころころとたくさんあるのを見つけた。

それを、もっと近くで見ようとした矢先、
大きな影が現れた。

　シャーー

威嚇する影は、蜘蛛の姿をしている。

「ぴっ」

奇妙な悲鳴を上げて、固まる小萌。

　シュッ

白い帯のようなもの、糸の束が吹き付けられ、
捕らわれるかと思った瞬間、

「きゃあ！」

　バサッ

傘に守られていた。





「ちっちゃい子が、こんなところで何してるんだと思ったら、先生すか？」

「ちっちゃいって言わないでくださいー。
　そういう君は、不良候補の横島ちゃん」

「なんでじゃー！　なんで、不良候補？」

「別に、ワルとは言ってないですー。
　良くないって書いて、不良ですー。
　授業中、お外見るのは良くないですよーだ。
　それとも横島ちゃん、良い子ですー？」

そう言われれば、あんまし良い子じゃないかもしんない。




「って、それどころじゃないっちゅうねん」


　シャーー

再び巨大な蜘蛛が威嚇している。



　シュッ　シュッ　シュウッ

と連続して飛ばされる糸を、
小萌を守りながら、玄武の傘で防ぐ。
が、あんまり受け止めていると、
粘着性の強い糸で引っ張られる危険があるため、
一度消して、再び具現。

だが、じわじわと、追いつめられている。

ちなみに、玄武の傘というのは、
アンブレラ・オブ・グローリーの、またの名だ。




「不良候補ちゃんは、正義の味方ですー？」

背中から、のんきな、
いや、暢気を装って、緊張を、怯えを隠しきれない声がする。

「別に、正義じゃねえもん」

「悪い奴、どーんって、倒しちゃわないんですー？」



小技の攻防が続く。
隙をうかがっているのだろうか。
こういうとき、攻防一体の玄武傘は役に立つ。



「悪い奴だったら、ぶっ飛ばしますけどね」

「悪い奴じゃないんです？」

声が震えている。
このままだと、そのうち足がすくんで動けなくなるかも知れない。

だが、それ以前にあとがない。
すぐ後ろには、鉄柱。
建設用の骨組みが背に迫り、思うように逃げられないだろう。



　ブシュッ



今度は糸が束でなく、
数条に別れて、各方向から襲ってくる。

閉じたままの傘に力を入れ、少し拡大。

　バサッ！！

開いた衝撃波で、触れる前に糸を押し返す。

が、それは囮だったようだ。

幾筋の糸に気を取られている間に、
蜘蛛は間を詰めていた。

鋭く前の脚が振り下ろされる。


　ガキン


傘を閉じた状態で、薙ぐ。
並みの肉体なら、ばっさり斬れていてもおかしくないのだが、
予想通り、キチン質の脚は、相当の硬度を誇る。

その事実に、なぜかほっとする忠夫。が、


「やべ」


目の前に、糸の噴射口。


「先生、抱っこ」


忠夫の足りない言葉を正確に理解し、
小萌は、忠夫に抱きつく。

蜘蛛が糸を吐いた瞬間、忠夫と小萌は上昇していた。



右手に具現した青龍鞭（せいりゅうべん）の糸を飛ばし、
骨組みの上の方に巻き付け、
リールを巻くことで、上昇したのだ。

すと、と抱きついている小萌と共に、骨組みの上に立つ。




「あれは土蜘蛛っていうんですけどね、情の深い生き物なんですよ」

「情？」

「温厚だし、他の種族にも寛容だし、あとは親子の絆が深いのでも有名ですかね」


小萌は、土蜘蛛を見下ろす。
あの厳つい、グロテスクな姿に・・・情？
あの恐ろしく、不気味な蜘蛛に？


「たぶん、建設業者の連中が、よく調べもせずに、
　あいつの巣でも壊しちゃったんじゃないですかね。
だから悪くないんですよ、あいつは」

「そういえば、あの岩の陰に、卵みたいのがいっぱい、あったですー」

「・・・それでか。守ってるんだ」

げ、ますますやりにくいじゃん。



「横島ちゃんは優しいですー」

「・・・。本当は、当たり前のことなんすけどね。
　自分たちが野山切り開いて、住宅地にして、あいつらの棲処、侵してながら、
　あいつらがうろついたら、危ないかも知れないからって、
　平気で殺しちまう」

「・・・言ってることは正しいですー。
でも、人間がそれだけ強いってことでもあるですー？」

自然淘汰。弱肉強食。
そういう見方も確かにあるのだ。

「確かに、人間は強い。でも、力で物事押し通すなら、
　逆に力で押し通されるリスクと義務も背負わなきゃなんないんすよ？
それを、人間は納得しないでしょ？」

むりやり土蜘蛛を追いやろうとするのなら、
土蜘蛛にむりやり襲われても文句は言えないのだ。

力で応じるなら、力で返されるかも知れない。

「・・・・・・」

押し黙る小萌。

さてね、どうしようか。




「卵、どこかに運べるです？」

「・・・まあ、手がないわけじゃないですけど・・・やっぱ、それしかないかー
どっか、山手で、あるいは森で、人の手が入りにくいところってあります？」

「数年前から、政府は自然保護に力入れだしてるですー、
このまえ授業でやったですー」

「ああ！　じゃあ、近くに新しい国定公園みたいなとこあります？」

「わたしの運転なら、小一時間ですー」

「・・・協力してもらいますよ？」

「おーけーですー」



玄武の傘の小型版を八つ具現し、
青龍鞭、つまり栄光の竿の糸を編むようにして、
八本の傘の柄に絡める。

傘を玄武鎗甲（げんぶそうこう）とか、玄武の傘とか、
竿を青龍鞭（せいりゅうべん）とか、
四神をもとに、タマモが名付けた名称だが、まだ、いまいち馴染まない。
忠夫にしたら、そっちの方がセンスがないように聞こえる。
まあ、タマモ姉に言うと怖いので、仮の名ということにしているが。

　シュッ

土蜘蛛のそれぞれの脚の間に、八つの傘をくさびのように撃ち込む。
根元まで突き刺されば、
傘が三百六十度の「返し」の役目を果たし、抜けにくくなる。
傘の間に、糸が張り巡らされているため、

　ギチ？

網で地面に抑え込んだような形だ。
ただ、手から離れた以上、強度は低く、
わずかな時間稼ぎにしかならない。

でも、そのわずかな時間で、充分だった。

小萌を骨組みの上に残したまま、
閃地（霊力噴射による移動）で、一瞬にして岩の前に移動する。

子の危機を感じ、いきりたつ土蜘蛛。
自分を抑える霊糸の網を、食い破る。






岩と岩の間。
確かに卵らしきものが無数にある。

カードを出し、


「うしろ、危ないですー」
声を無視。


卵すべてを、感じ、把握し、認識する。
己の霊力で包み込み、

　ポン♪

瞬間振り返る。


今にも首筋に前足を振り下ろそうという体勢で、
固まっている土蜘蛛。

多分混乱している。



卵の危機に、忠夫を殺そうとするものの、
突如、その卵たちが消え、
そして、振り向いた忠夫が掲げるカードから、
わが子たちの気配が、漂う。

土蜘蛛は混乱していた。





「あー、えっと・・・」

どっぷり、冷や汗の忠夫。
きわどいタイミングだった。

「えー、ある程度、意思ッつうか、言葉が通じるとして、
　提案するぞ？」

　ギチ？

「子供は無事だ。だが、この場所だと育てるのに向かない。
　もっと、適した場所に連れて行く。もちろん、おまえも」

　シャー

「・・・ダメか？」

　ギチ・・・ギチギチ・・・









しばらくのち、

土蜘蛛はゆっくり下がった。

ほうっと、息を吐く。





トコトコと、梯子で降りてくる小萌先生を見つける。


「すぐ近くに、先生のオープン・カーがあるです」

「じゃあ、お願いします」

「・・・ところで、蜘蛛さんはどうするですかー？」

「・・・・・・」


土蜘蛛をみる。
巨大な体と、豊富な霊力。
これだけ霊格が高い生き物を、このままカード化はできない。
同意があれば別だが、
どうやって説明すれば、納得してもらえる？

こいつとしては、子供が危ないと思えば
いつでも動けるように、しておきたいだろう。

ってことは、だ。

「すんません、このままで乗せてやってください」

言われた小萌は、あんぐりと口を開けて固まっていた。

レッツ・クレイジー・ドライブ♪









高速道路をかなりのスピードですっ飛ばしている車。

「わたしの運転なら」
と捕捉した意味はこれだろう。
小さいなりでスピード狂？
ぐんぐんと、他の車を追い抜いている。

他のドライバーたちが、ギョッとしている顔が見える。

当然だろうね。
隣のオレだって、肝を冷やしてる。




運転手は、担任の小萌先生。

小さいというと怒るが、
可愛いというと喜ぶ微妙なお年頃。
とはいっても、年上だが・・・

身長、おそらく百三十センチ少々。



運転席に座っているが、
周りからは、ほとんど視認できないに違いない。



つまり、運転手なしで走る車に見えるわけだ。
しかも、後部座席にでかい蜘蛛。



シュールなドライブである。






「でも、横島ちゃん、ＧＳの卵なのにただ働きですー？」

「・・・そうですね」

令子さんとかに知れたら、
なんか言われそうだなー。
「おバカ」とかが、妥当なとこか？


「何かあって、依頼があってからなら、お金が入ったですよー？」

「でも、それまでに、誰か人か、こいつらか、
　あるいは両方が傷ついてますよ。もしかしたら・・・」

死んでるかも・・・



そんな忠夫を、どこか誇らしげな視線で眺める小萌。


「ってか、その座高で余所見せんといてくださいよ」


視線の意味は良くわからないが、
なんとなく居心地悪い。むずがゆい。




「ＧＳって、もっとバタバタ、やっつけてるお仕事だと思ってたですー」

「そういう人も、けっこう多いらしいっすけどね」

助手席の忠夫は、
優しい手つきでカードを撫でている。
小さな蜘蛛と無数の卵の絵が描かれたカードを。

「人間にもいい人と悪い人がいるのと同じで、
　妖怪とか霊とかにも、いろいろいるんすよ」

「勉強になったですー。偏見は良くないですー。
　不良候補ちゃんにも、可愛くて良い子もいるですしー」

「・・・・・・。その話はもう、良いですってば。
　今度から気を付けますよ」

「そうするですー」


そういう小萌の顔は、確かに教師のものだった。

夕方のドライブは続き、
近郊の山へと入っていく。





「可愛い教師と、不良候補ちゃんの禁じられた初デートは、
　なんだか、さんざんですー」

「どこがデートっすか」


土蜘蛛が巣を作りやすそうな土手で、
カードを卵に戻す。
正直言えば、国有地に不法侵入である。

卵を腹に抱き、ゆっくりと歩き出す土蜘蛛。

だが、ふと立ち止まり、戻ってくる。



やはり少し、緊張する小萌と、

その横で自然体の忠夫。
やわらかな、笑みを浮かべて。

土蜘蛛は鋭い前足をそっと掲げ、忠夫の頭に下ろし、

できうる限り優しく、忠夫の髪を梳き、頬を撫で、

そして、去っていった。

「無理言ったのに、感謝されちゃったな・・・」

自嘲気味な生徒を横目に、

「元気に育ったら、恩返しに来るですよー」

現金なことを叫ぶ高校教師。






「どうせ、その頃には自分で忘れてて、
　きゃー、きゃー怯えるんじゃないですか？」

「むー、そんなことないですー」

「でも、異形が必ずしも、良い奴とも限らないんだから、
　気を付けてくださいよ」

「わかってるですー。やっぱり横島ちゃんは優しい不良候補ですー」

「いや、だから、不良ってのをやめて欲しいんですけど・・・」



わいわいと、車に乗り込み、
街中へと帰っていく。



彼らがあとにした、このあたり一帯は、

奇しくも未来の横島が、
栄光の里を築いた場所の、すぐそばであった。



伝説は、ゆっくりと始まろうとしている？








〔あとがき〕
ということで、ちょっとした小話でした。
この教師は、たまに、登場するかもしれません。
これっきりかもしれません。

忠夫のＧＳとしてのスタイルが、
確立しつつある、というお話です。

人と妖、双方を傷つけないためには、
自分は少々、あるいは多少無茶をする、危険を冒す。

そういう子に育っています。


小萌先生の元ネタは電撃文庫「とある魔術の禁書目録」から。

ちなみに前回ちょびっと出た狛犬の名は、右京と左門次。
渋い名前を付けたいと思っただけで、とくに元ネタなし。

アンブレラ→玄武の傘
ロッド　　→青龍鞭
レールガン→白虎砲
水カッター→白虎爪
などという置き換えも考えてますが、
傘とか竿とかいう表現の方が多用される可能性大です。

まあ、その場のノリで使い分けることになるでしょう（笑）

ちなみに、もし私のノリがよければ、
今夜中にまだ、更新があるかも、です。