横島育成計画・本章０８（ＧＳ）

店のカウンターに、バン！　と手をつき、
忠夫はのたまった。

「あんた・・・ろくな人間じゃないだろ」

「「・・・・・・」」

厄珍堂
呪的アイテムや、除霊道具の専門店である。

「坊主、それ初対面にいう言葉じゃないあるよ。
　っていうか、顔見知りにも言わないよ」

「そうですよ、横島さん。思ったことそのまま口にしちゃ失礼ですよ」

「あ、そっか」

「こら。あ、そっか、でもないあるよ。
　幽霊の嬢ちゃんも十分失礼ある」

忠夫にろくでもないと評されたのは、
厄珍堂の店主、厄珍。
ヒゲにグラサンの怪しげな風体のちびなおじさんである。

「って、こら。ナレーターも失礼ある」

忠夫が令子に頼まれて、
この店に注文していた品を取りに来たら、
カウンター内でいかがわしいビデオを堂々と見ていた。

しかも、令子と同じ職場と知るやいなや、

「相変わらずええ乳か？　ええ尻か？」

である。

忠夫の評価もあながち間違いではあるまい。

確かに問題は多々あるオヤジで、

エロでスケベなセクハラオヤジの上、
儲けるために、いろいろ阿漕なこともやっている。
法外な値段をふっかけるなど、序の口である。

が、情報の収集力、
物品の手配、入手に関しては、業界でもトップ・クラスだ。

「これ注文の吸魔護符と、霊体ボウガンの矢あるよ。
　それから白紙の符と、読経清浄化済みの墨ね」

「注文してあったのは、これで全部っすか？」

「定期的な注文品が入るのは、もう少し先ね」

「ん、わかった」

そこで厄珍は、帰ろうとした忠夫を引き止め、
金庫から小型の箱を取り出した。

なにかの錠剤。

「どんなバカにもサイキック・パワーが宿る薬ね」

箱にカタストロフ－Ａと書いてある。

「なかなか入手の難しい品。試してみるね」

「うさんくさいなー」

「じゃあ、おいちゃんとジャンケンするね」

「ジャンケン？」

「ほれ」

と持ち上げられた手に、思わず乗せられてしまい、

「「じゃん、けーん」」

「ほいっとね」

ぽん、と言って口を開いたときに、厄珍はまんまと、
忠夫の口に、カプセルを放り込んだ。

「ぎゃー、思わず飲んじまったじゃねえか！」

「だいじょぶ、だいじょぶ。おいちゃんプロね」

「なんのだよ？　って、お？」

　ブワッ

不思議な力が漲ってくる。

「あれ？　事務所を近くに感じる。なんか、すぐにでも・・・」

　キン

つぶやいた途端、

「横島さん！　き、消えちゃった・・・」

「おお、すごいね。テレポートね」

「てれぽとって何？　どうなったんですか、横島さんは？
　ねえ、どうなったんですか？　ねえってば・・・」

首をつかんでブンブンブン。

「ぐ、ぐるじーあるよ・・・」

それでも、

問題は副作用の有無ね。
あの坊主が無事だったら、うちで売るね。

心中では商売魂たくましかった。

一方、一瞬でかき消えた忠夫は、
すぐに、事務所の中へと現れていた。

　ボシャン！

「ゲホッ、なんか、本当に瞬間移動できちまったけど、
　でも、ここ風呂だし、シャワーの音するし・・・！！」

　ザーー

考えてみれば、無人でシャワーが流れるはずがないのだ。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

　ザーーーー

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

決して行数稼ぎではないので悪しからず。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

湯船の中に呆然と固まる少年。
熱いシャワーを浴びながら唖然と凍り付く女性。
湯煙が微風にさっと流れる。

真っ裸の令子。

「・・・」

「・・・」

「きゃーー！！」

「ぎゃーー！！」

「きゃあ、ってちょっと待ちなさいよ、忠夫くん！
　わたしはともかく、なんであんたが悲鳴を上げるのよ」

「ぎゃーー！」

「おかしくない？　っていうか失礼よ」

ごちん、と殴る。

「人の全裸見といて、責任どう取ってくれるつもりよ！」

「・・・・・・・・・責任？」

令子が言うと、なにやら忠夫が顔を赤らめる。

もじもじ

「えっと、そういうのは、まだ早いかなーと・・・」

もじもじ

「勢いでするのは良くないですよ？」

「・・・ナニをよッ！！！！　なんの話よ！？」

かみあっていない。

「どういう責任の取り方するつもりよ！？」

　ゴッツン！！

「ただいまー、ってこれは何事？」

今日はひとりで除霊に出かけていたタマモが帰ってくると、

縄でぐるぐる巻き、
頭に大きなたんこぶ、
口に生のタマネギをつっこまれ、
背中にプラカードを差し込まれている忠夫を発見。

『わたしは悪い子です　アホです　バカです　間抜けです』

そう書いてある。

珍しいはずの、
でも妙に懐かしいこの光景はなんだろうか・・・？

「わたしのシャワーを覗いたのよ」

「のぞき！？」

「っていうか、もっと大胆に侵入かしら？」

忠夫は抗議をしているのか、
口をもごもご動かすが、そのたび嫌いなタマネギのエキスが、
口の中に流れ込む。

でも、この忠夫は、そういうことしないと思うんだけど。

「瞬間移動の、目的座標を誤ったみたいよ？」

「瞬間移動？」

なにかと多才な奴とは思っていたが、
ついにそんな大技を？

「厄珍に変な薬飲まされたみたいね」

「ああ、なんだ、そういうことか」

霊能じゃない能力と、
煩悩にでも目覚めちゃったかと思ったわよ。

「なーんだ」

ちょっと安心。

「なーんだじゃないわよ。素っ裸見られたのよ。
　あんたの弟だし、わざとじゃないからこれくらいで済ませてんのよ」

本当ならもっと、ぎったんぎったんにしているところだ。
そう拳を握る令子に、

「照れ隠し？」

「なんでよ！」

　ごちん

タマモまでげんこつされた。

忠夫は誓う。
厄珍め。今度、店を襲撃してやる。

ちなみに薬の副作用がどうなったのかはわからない。
その前に、因幡が腕を軽く噛み、ちゅーちゅーと毒抜きした。

でも、その吸い出したぶんは、どこへ行ったんだろうね？

「み？」

夜中でも、東京の街は灯りが多い。

繁華街だけでない、住宅街であってもだ。

そんな街のほんの一区画、

　バチッ

すべての明かりが消えた。

　ツゥーー

と、電信柱の配電盤あたりから、

蜘蛛のように糸をたらして降りてくる人影。

「よし、これでほとんどの警備システムは落ちたはずだ」

丈夫なシャッターが下ろされている建物の前へ降りてくる。

鍵穴に霊力を注ぎ込む。
注いで鍵穴いっぱいに満たしたところで、
さらに意識を集中。
霊力を凝縮する。

　カチャ

「よし。開いた」

即席の合い鍵。

鍵を開け、シャッターをわずかに開き、そっと忍び込む。
そして、ボールに翼が生えたような生き物が後に続く。

　ウィーーン

「ん？　モーター音？　やっぱり自家発電機があったか」

キョロキョロと辺りを見回す。

「ってことは、防犯装置も起動してるやつがあるだろうな」

念のため、と言いながら、どこから出したのか、

　バサッ

と傘を開く。さらに、

「確か今は、同時制御使用可能数は十二枚だな」

人影の回りにカードが浮かぶ。

「カード・ガード・プラネット」

人影を中心に輪を作って並んだカードが、
面を縦にして、公転している。

まるで、常にその人影である少年を、あらゆる方向から守れるように、
カードの惑星がガードしているようだ。

「でも、これって、無茶疲れるんだよな～」

　銃声ドン！！

赤外線ライトに引っ掛かったらしく、
なにかが射出され飛んでくるが、
スッと、自動的に軌道を変えたカードの一枚に当たる。

薄いカードなど砕けそうにも思えるが、
なぜか、飛来物はカードに吸い込まれるようにして消えた。

そのカードはぽとりと落ちる。
カウンター気味のカード化である。

こういう場面では役に立つが、霊力をもろ消費するわざで、
しょっちゅう使えるものじゃない。
なにしろ、カードを機能させるために、
一定量の霊力を常に放出しておかなければならない。
技としては未完というか、失敗作というか。改良の余地あり。

「今のは、ボウガンっぽかったな」

まあ、それでも当たり所によっては死ぬが。
積極的に侵入者を殺そうとはしていない様子。

「因幡、小麦粉」

言われたボールは、口から小麦粉の袋を出す。

粉をパッとまくと、暗い店内に赤い光が幾筋か浮かび上がる。

「よし。この光に当たっちゃダメだぞ」

「みゅ」

さらに店の奥へと進み、
目的の場所、カウンターの裏に入り込む。

目当てのものを見つけたようだ。

ギギッと開けたのは、
金庫などではなく、ビデオがいっぱい収まっている棚。
ビデオにしては厳重に保管されていた。

「因幡、カナヅチ」

ぴゅっと、大きな大きなハンマーを口からだし、
耳というか翼で持って、渡す。

　ガチャン　バリン　ベキッ

「ビデオ・デッキも潰しとくか」

　ゴンゴン　ガチャ　

「良し、ミッション・コンプリートだな？」

「みゅ」

二つの陰は、そそくさと立ち去った。

シャッター閉めて、鍵も閉めて。

配電盤を戻して、そして夜の闇に紛れる。

翌朝、
「秘蔵のビデオ集が、ガラクタあるー！！」

厄珍堂店主の悲鳴が響いたが、気にする者はいなかったという。

〔あとがき〕
冒頭のセリフを言わせてみたかった。
それだけです。はい。

カード・ガード・プラネットなる、技が出てきましたが、
今後、登場するかはわかりません。
霊力でものを包むようにしなければカード化できない、という能力限界があります。
ということは、全方位に飛来物を包めるだけの霊力を、
常に放出し続ける必要あり。
とてもじゃないですが、除霊時には使えません。
これだけで、霊力使い切っちゃいます。

最後に一言、
忠夫が令子にどう責任を取ろうとしたのかは、謎です。

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