「蒼い師と緑の弟子 第2話(まぶらほ+風の聖痕)」キキ (2004.11.22 14:15)
特に特徴のないビジネスホテルの1室のベッドで、1人の少年が寝ている。まったく身動きもせず、しかも顔色が真っ白なため、死んでいるのではないかとさえ感じられる。



その少年の傍の椅子の上には、1本の蒼い剣が無造作に置いてある。刃渡り60cm強、刃の幅10cm弱程の、叩き切るのではなく斬ることを重く見た片手剣。神々しいと言ってもいいほどの、年季と力が感じられる。無造作に使うなど考えてもならないと万人が認めるどころか、使わせていただいているとさえ感じさせ、崇拝の念を起こさずにはいられないような剣。その剣は今、「彼」を無造作に扱っている主の命を聞き少年を守っていた。



『さて、もう眠り始めて2日か、体もほぼ回復しているしそろそろ起きそうだが・・・』

 

彼は今、退屈していた。この2日間、彼の主は「アルマゲスト本部壊滅」を西欧で活動している情報屋に流しているので現在不在だ。「2,3日でもどる」と言っていた主が彼を置いていった判断は、正しいと思っているし、彼の唯一の主の言うことは聞こうとも思うし、それだけの価値もある。だが、主の命とはいえ2日もまったく変化のない少年を見るのは、正直退屈だった。ので、少し昔のことを思い出していた。



『待つのに2日で飽きるとはな、贅沢な考えだ。和麻と契約するまでは、日時など気にしたこともなかったのに』



彼が今の主と契約したのは、1年ほど前のことだ。それまで彼は、とある一族で1000年以上の時を刻んでいた。そしてその一族において家宝として扱われるばかりか、拝まれ大切にされていた。だが、それだけでしかなかった。1000年もの間、呪法具としての彼どころか剣としての彼を使えるだけの「霊力」や技量を持つどころか「声」を聞ける者さえ現れなかった。



『第一、私の声は霊力がそこまでなくても、精神的に極限状態に連続して長い間いれば、聞こえるのだぞ、その証に、和樹が聞こえたのだから』



しかし、その一族が彼を使えなかったのも仕方ないと言えるところがある。彼は一族の創始者である男「個人」が契約した存在から与えられたのであり、一族に与えられたものではなかったのだ。第一、彼を創り与えた存在も契約した男が1人で、誰とも組めずに常に独りで戦う姿を見て哀れに思い、男の「相棒」になれる力を持った「意思ある呪法具にして剣」を創ったがその後のことなど考えてもいなかった。それどころか剣が完成して、すぐに渡した時の男のことさえ知らなかった。



『王よ、せめて確認して頂きたかった』



今でも文句が出る。確かに男の「力」は桁外れだった。索敵が苦手な炎の精霊を使っているのに、半径4kmに渡る周囲を索敵し、索敵範囲の中にいる万に近い数の敵を同時に全て視認せずに攻撃することができた。それどころか、男はその「意思」と「術」によって「事象」をある程度操作することができたため、数秒なら時間さえも操れた。人の限界を遥かに凌駕していた男が彼を使っていたならば、それからの1000年に渡る不遇な日々を耐え切れただろう。



だが悪いことに、男は彼を使わなかった。男が彼を受け取った時にはすでに、彼を使う必要になるだけの周囲の敵を男がすべて滅ぼした後だったからだ。それに加えて男は、彼を受けとった後すぐに、彼を男の息子に渡してしまった。しかも男は、男の「業」や「術」どころか体術さえも息子や一族の誰にも教えずに、どこかに行ってしまった。



『あの男、何を考えていたのやら』



それから1000年、「神」すら滅ぼす「呪法」や「技」を秘めた、超越存在と戦うために王が手ずから鍛え、創られた彼は「声」さえ聞こえない「使い手」達により良くて上の下の力−あくまで彼の視点−の妖魔を滅ぼす刃となっていた。牛刀を持って鶏をさばくいい例だった。



『和麻が産まれた時、なぜ私は和麻がその子だと気づかなかったのだ。しかも和麻を直接何度か見ながら』



それでも彼が耐えられたのは、「王が男と契約した1000年ほど後にその一族において力のある者から生まれる子は、男に勝るほどの素質を持って生まれてくる」という知識があったからだ。しかしその最後の希望も潰えたと考え、絶望して物質世界から離れようと思い始めたときだった。その少年がきたのは



『考えるまでもなく恥じるべきことだな、僅かな表面だけで判断し、秘めた力に気づかないばかりか。4年間人形だとも解らなかったとは』



最初は、幻かと思った。次に、驚愕した。そして最後に、狂喜した。



その霊力は、男を除く者達の中で自らが知る限りもっとも巨大であり。十分に鍛え上げられたものだった。しかも、まだその霊力は成長する余地を充分残していた。さらに素晴らしいことに、その少年は、他には目もくれず真っ直ぐこちらに来ていた。来るまでの途中の建物の死角で少年を囲んだ数人の術者を半殺しにするという事故が起きたが、気にしなかった。そのときのその少年の「術」に目を奪われていたから。



ただ1つ残念なのはその少年は、契約した男の血縁なのに、男とは、使う精霊が違うところだが、そんなことどうでもよかった。そんなことは、彼があの少年を「担い手」とし「契約」すればいいことだった。姿形こそ変わるだろうが彼の「意思」はそのままなのだから。今となっては幸いなことに彼は、男とも「契約」をしていないなかったので、王に断わらずに「契約」ができた。



そして、冷たい瞳の少年が目の前に来て、神棚に置いてある彼を見据え「力が要る。正直ここは気に食わないが、お前は俺が使える中で1番力を持っていると聞いた」といった

『ああ、私にはそれだけの力がある。お前と契約をすれば』と少し上ずった声で彼は言った。

「契約?「担い手」になるだけの価値がお前にはあるのか」という少年に

『もちろんある。お前の霊力を私に流し込んでみればわかる』と「担い手」の知識が少年にあることに少し驚いたが、それに満足しながら言った

「霊力?魔力のことだな、聞くが流し込んでも担い手にはならないんだな」と疑う少年に対し、王の眷属にとって破れば、即消滅する誓いを立てる

『そうだ、お前の言う通りだ。畏れ多いが、王の名に懸けてここに誓う』

「誓いを受けよう、だがそこまで言って試したら、力が足りないなどという事が」と、目を細めながら言う少年にわずかな恐怖を感じた。それはまるで自らが傷ついても止まらず周りを滅ぼそうとする刃が目の前にあり、それが今にも襲ってきそうな感じだった。今でさえ周りを滅ぼしかねない力を持つ少年が、さらに彼のような「力」を持ったらどうなるか不安になったが、この機会を逃したくなかった。

『言ってくれる。そこまで言うならお前も誓え』「なにをだ」

『私を持ったということで、その力に溺れ、力のない他者を見下さないということを』と言った。なぜなら今までの「使い手」達はほとんどが彼の力−1割にも満たないが−の事を自分のものと考え増長した。そして、この剣があればもう修練は不要という考えにほとんどの者がなってしまった。彼に頼り、自らを磨くのを放棄したのだ。そして、彼を持たないが修練に励む者達を見下すようになった。そして、300年前に戦った−途中で、何があったのか降伏してきた−ある組織を彼らの下に取り込んだ後は、一族全体にそれが蔓延してしまった。だが、この少年にそうなって貰っては彼にとって彼の誇りに関わるし、「使い手」はともかく彼にとって生涯唯一の「担い手」に対する妥協はできなかった。だから、祈りながら−もちろん王に−少年の答えを待った。



そうしたら少年は、目を軽く見開き、真摯といっていい眼差しで

「ああ、誓う。俺はある1つの分野で力のない奴を見下したり、それだけで相手を判断したくないし、なによりそういう奴らが嫌いだ」といった。



 『和麻の数少ない、美点だしな』



その眼差しを見て、彼は大丈夫だと信じられた。1000年もの間変わり続けた彼を使ったものたちの中で、わずかに居た力に溺れなかった者達と共通した気配が、少年にはあった。それにこの少年は、少年を苛めていた者達を先ほど蹴散らしただけでそれ以上なにもしなかった−眼中になかったどころか、その事をすでに忘れていたのだが−ので、もしかしてお人よしなのではないかと思った。

《お人よしもまずいのだが何の理由もなく、虐殺する奴よりはよほどましだ》とそのときは思い、彼は彼自身を無理やり納得させ−自己洗脳ともいうが−少年に対し

『では、私を試してみてくれ。君が絶対に気に入ると自負している』と力強くいうとその少年は、わずかな笑みを浮かべたまま

「絶対なんてものはこの世界にはないからその言葉も嫌いだが、今の使い方はけっこういいな」といって、彼をその手に取った。







『んっ、そろそろ和樹が起きるかな』



顔に赤みが戻ってきた身じろぎする、どこか彼の主に似ている少年を見て彼は思った。



あれから1年、和麻とともに万を超える妖魔の大群と戦ったこともあれば、幻想種のいさかいを、仲介させられたり、インドで和麻を少女と間違えて押し倒そうとした男を和麻が半殺しにしたら、その男が藩王の息子だったので藩の兵士と戦った事などいろいろあった。1000年もの長い間ほとんど神棚の上に居た彼にとって、それは和麻に扱き使われながらも楽しく充実した日々で、そしてこれからも続く日々だった。冷酷で、凶悪で、悪辣で、卑劣な悪人だが、どこか優しいところがある主といれば。そして身動きを始めた、主と同じくトラブルが向こうから来てしまいそうな少年がいれば、



『君が起きたら、話すことが多いし君も聞きたいだろう。和麻のことを』



と少年に向かって優しいが悲しげな声音で言う。彼には、少年が起きて和麻の話を聞きたがると確信していたし、話さなければならないと思っていた。




















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